好きなことは時間をかけてゆっくりやってくれ
月食のとき。
明け方の夢で目が覚めた。
涙を流していた。
バトンリレーのように、知らない人たちが次々と現れてはメッセージを放ちながら次の人を紹介し、最後の女性から、何故だか給与明細を入れる袋に入った父からの手紙をもらう。
ベリベリと破り開け、書かれていたメッセージ。
「好きなことは時間をかけてゆっくりやってくれ」
すーっと、涙がこぼれていた。
それからすぐに意識が働き、父に何かあった?予兆?と、不吉な気持ちに襲われ飛び起きた。
夢をみて泣くのは初めてのことだ。
起きてすぐ、自分が泣いてることに気がつかなかった。それくらい自然に、無意識に流れ落ちたようだ。無意識の私が泣いたんだろう。
意識で泣くときと違いがあるとわかった。
ドラマや映像で泣くときは、ぐっと力が入り、脳で涙を出す感じ。泣くぞ!という意思が働くような気がする。
無意識の涙は、ただすーっと。
力も入れられない、脳は反応できていない。
あれ、涙が出ている?と泣いてる自分に気づく。
どこの自分が泣くのか、その違いは大きいと知った。
そして、メッセージ。
父からのものではない。
私が私に伝えたい言葉なのだ。
取り組むこと、没頭すること、未だにどこか臆病のまま。
実はメッセージを咀嚼することに怯えている。
なにもしなければそのままなのだ。
「時間をかけて」とあるが、量的な話ではなく、没入集中の度合いのことを言ってるように思える。
だから、怖い。
もう傷つきたくない。
でも変えたい、何かしたい。
男にフラれて見返してやりたい!
とか、分かりやすいモチベーションならいいのだが、そんな小手先で動けるならとうに人生変わってるわ…なんて突っ込みをいれつつ、
自分にどんなモチベーションが湧いてくるのか、それすらも今は待っている感じだ。
没入集中するのは簡単だ。その時身軽に動けるように、今は準備をしておこう。