未知suu

日常に起こったこと、心が感じたことを記していきます。心理学、脳科学、哲学、ビジネス、雑学、グルメ、旅、地方に興味あり。

好きなことは時間をかけてゆっくりやってくれ


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月食のとき。

明け方の夢で目が覚めた。

涙を流していた。
バトンリレーのように、知らない人たちが次々と現れてはメッセージを放ちながら次の人を紹介し、最後の女性から、何故だか給与明細を入れる袋に入った父からの手紙をもらう。
ベリベリと破り開け、書かれていたメッセージ。

「好きなことは時間をかけてゆっくりやってくれ」

すーっと、涙がこぼれていた。
それからすぐに意識が働き、父に何かあった?予兆?と、不吉な気持ちに襲われ飛び起きた。

 

夢をみて泣くのは初めてのことだ。

起きてすぐ、自分が泣いてることに気がつかなかった。それくらい自然に、無意識に流れ落ちたようだ。無意識の私が泣いたんだろう。

意識で泣くときと違いがあるとわかった。
ドラマや映像で泣くときは、ぐっと力が入り、脳で涙を出す感じ。泣くぞ!という意思が働くような気がする。
無意識の涙は、ただすーっと。
力も入れられない、脳は反応できていない。

あれ、涙が出ている?と泣いてる自分に気づく。

どこの自分が泣くのか、その違いは大きいと知った。

 

そして、メッセージ。
父からのものではない。

私が私に伝えたい言葉なのだ。


取り組むこと、没頭すること、未だにどこか臆病のまま。

実はメッセージを咀嚼することに怯えている。

 

なにもしなければそのままなのだ。

「時間をかけて」とあるが、量的な話ではなく、没入集中の度合いのことを言ってるように思える。

 

 

だから、怖い。

もう傷つきたくない。

でも変えたい、何かしたい。

 

男にフラれて見返してやりたい!

とか、分かりやすいモチベーションならいいのだが、そんな小手先で動けるならとうに人生変わってるわ…なんて突っ込みをいれつつ、

自分にどんなモチベーションが湧いてくるのか、それすらも今は待っている感じだ。

 

没入集中するのは簡単だ。その時身軽に動けるように、今は準備をしておこう。

 

 

 

海外輸入


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大柄のため、昔から洋服などのサイズ探しに苦労している。ズボンは短いし腕は出るし靴は小さいし。

今は海外ファストファッションのおかげで洋服の苦労はだいぶ緩和されたが、靴は未だに難しい。いや、昔に比べたら遥かにサイズもデザインも豊富になったし専門店もできた。とはいえお手頃価格ではないし売り切れも頻繁に起こる。

入るサイズだったからか?気に入っていたショートブーツが壊れてしまい、新しいものを探していたのだが…日本人、足小さいよ!本当に、ない。大きいとどうしてダサくなるのだろう。好きなデザインは入らない…。

仕方なくネットで探していたら海外サイトにたどり着いた。そこで知った、個人輸入。海外サイトで購入する場合、例えばアメリカのショップサイトが日本に輸出してくれるならいいのだが、そうでないサイトも多々ある。そこをビジネスにする代理店があるのだ。商品を買い、代理店指定のアメリカ国内の住所に届けてもらう。そこから日本への輸出手続きをしてもらう。重量によるが、今回はショートブーツ一足、代理店手数料と日本への郵送料で約5,000円弱だった。靴はセール品で12,000円位。合計17,000円。商品購入から約二週間で到着。これを安いと取るか手間がかかると取るか…。賭けでもある。無事に荷物は届くのか?届いてもサイズはどうなのか、そもそも気に入るのか?!…少ない情報、慣れない英語、初めて使うサービス。賭けである。

果たして、わたしは賭けに勝った。写真通りのデザイン、大きい足でもぴったりのサイズ!

不平がない訳ではない。製造地はやっぱりあそこか、臭いがきつい、革がイメージと違う…手に取れないから仕方ない。でもデザイン、サイズは満足だ。80点!

そして思った。わたしの世界は広がった。今までは足が入るからこの靴で、だった。しかし、このデザインを履きたいからサイズを選ぶ。

 

こんな買い物をしている人たちは相当数いるのだろう。ほしいものを諦めない。

そこまで執着もなかったが、どうせお金をかけるなら、こだわりのものを、と思ったのだ。

次回は来年のサイバーマンデー、かなぁ。

その間に日本の靴屋をもっと調べてもいいのか。

 

別れの理由


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ずっと、理由を知りたかった。

別れの理由を。

言葉で説明され、そのときは理解したふうだったが、別れの衝撃が大き過ぎた故に、真意にまで気が回らなかった。

あんなことを言ってたけど、だからと言ってこんな展開になるか?という、釈然としない消化不良の食物繊維がずっと腸の中にいる感じ、約九年。縮便か?

ここ最近、それを強く思い出すことがあり、さっき何となく、自分の中での消化ができたような気がする。

 

わたしは結束したい
彼は自由になりたい

 

のではなかろうか。

 

パートナーと言ったときに、同じ方向に向かって歩くイメージならば、この二人は、内と外、まったく逆方向に歩きたかったようだ。

だから、彼の精一杯の別れは、正解だった。
それに気づかなかったわたし。

彼はわたしのエゴに拒否反応を示しただけだったのではなかろうか。

過去のメールを整理していたらたまたま見つけた式場予約のやり取りメールと、最近の彼のFB投稿をたまたま見てしまった偶然からの、整理。

家族の役割



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夜の父からの電話。

仕事で出れず、着信履歴を見てどきっとする。

何かあったのか?と。

翌日かけ直してみると、元気なのか?と。

声が聞きたかっただけだ、と。

安堵とともにはっきりとある距離を感じる。

両親の離婚で子どもの親権はすべて母になった。父としての役割は、それから何もなくなった。

それでも血の繋がりで言えば親に変わらず、年に数回は連絡を取るようにしている。

母と妹たちの前で父の話はタブー。父のことを長年憎んでいる。わたしは憎むことに意味が見いだせず、それを引いて見ている。故に父との唯一の連絡網になっている。

数年前、妹たちの結婚報告をしに、意を決して父の元へ行った。久しぶりの対面は和やかに進んでいたのだが、何かのきっかけで父が妹を怒らせ、妹は二度と会わない、お前は親じゃない宣言をした。

そんなことがあったにも関わらず、父はたまの電話の締め括りに必ず、妹たちは元気か?たまには様子を教えてくれよ。を毎回聞いてくる。

 

カノンというドキュメンタリーをみたときに、血の繋がりを越えた家族の姿に思うところがあった。

血が繋がっているから許せないこと。

血が繋がっているから許せること。

血が繋がっていないから許せたり許せなかったり。どれも紙一重でしかない。

 

父はどれだけ憎まれても、交流がなくなっても、子どもたちの親でありたいのだろう。

それは血の繋がりがそうさせるのか、

たとえ血の繋がりがなかっとしても、そうありたいと思えるものだろうか。

 

家族は社会の一部であり、社会の最小単位である個人を形成する場でもある。

どんな家族に個人が育てられ、家族、社会をつくっていくのか。家族は社会をうつす鏡でもあるのだろう。

であれば、うちの家族は、見た目はバラバラ。

だけど本当は家族みんなが好き。

愛情表現が下手で不器用な家族だ。

社会全体がそんな感じなのだろうか。

本当は…を出していける家族になれたら、もっと生きやすくなるのだろうなぁ。

死んでる時間を楽しもうよ


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いつからか。

長い糸がプチっと切れた時からか、

仕事を変え、時空間が安定したからか、

体の衰えが目に見えるようになった。

白髪が一気に増え、肌はたるみ、腹は出て。

今まで着ていた洋服が全く似合わないと感じる。

心から求めることだけしたい、と思うようになったら、今までしていたことを全くしなくなり閉じこもり生活になった。

自らが閉じた時空間にいるのか。

そんなときに起きている現象。

意識はヤバいヤバい、ダイエット!とわめき色々やりつつ、

無意識は死んでる時間を楽しもうよ、って言ってきた。

 

笑えた。

それだけだが、救われた。

 

カムバックオザケン

彗星


YouTube

 

 

僕の仔猫ちゃん!

があまりにも刺激が強くてすっかり虜になった中学生の秋。年齢がばれる(笑)

わたしにとってオザケンは、時代を現す、創る人だった。一時のブームが去った後もアルバムをチェックし、話の合う友達とあーだこーだ議論していた。

月日は流れ、音楽も昔ほど聞かなくなった。手のひらで得られる情報は多くなったのに、選択は昔よりシビアになったかもしれない。故にここ数年は聞いていなかった。

久しぶりにブラウン管越し(これも古い表現)にお目にかかったオザケン。メッセージが愛に溢れていて、初めて彼をみた時のことを思い出した。昔よりももっと大きくて、繊細。孤高の天才から、身近な天才になっていた。

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「どんな言葉も過去に誰かが言った言葉の続きだし、未来に誰かが言う言葉の、前にある。言葉は言語を越えて、宇宙をぐるぐる回っていて、スロットマシンの目が揃うようにガシャっと言葉が揃う…」

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番組中のオザケンのつぶやき。

言われた!と思った。

言葉の持つ魅力や役割、可能性を考えることが多くなったわたしにとって、彼のつぶやきが羨ましかった。と同時に、わたしだけの感覚ではないことへの安堵もあった。

 

王子キャラだったオザケンも好きだ。

深み、円熟味を増したオザケンも好き。

ぐじゅぐじゅに熟れた柿も好き。

みずみずしいラ・フランスだって大好きだ。

いま、に詰められたメッセージを、おいしくいただき、還元していける人になれたら…と思う秋の夜長。

ピリオド


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人生を、意味価値のあるものにしたかった

きっと、そんな単純な願いだったのだろう

あのときの行動、言動、選択、決断

点がつながり一つのstoryとなったとき

やっと解放された、と感じた

物語にピリオドを打つ

 

すでに、新しい物語が始まっている

 

ちなみに。

この写真の犬は妹と住んでいる11歳のお爺さんトイプー。

加工無しの不細工顔。

哀愁しかない。